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理性的表現クライシス

これまでの理性的でルールに従順な表現を捨てて、より本能的なものに切り替えることで、既存の表現スタイルを壊して革命を起こそうという試みです。

夢心中

夢日記(リメイク版)

 今だってまだ十分若者に分類される年齢だけど、それよりさらに若いころ、不治の病に侵されて悲劇の最期を遂げる自分をよく妄想していた。

 妄想している分にはなんだか気分が良かったけれど、実際にそれが現実化した今となっては、恐怖や不安しか感じられない。病とは関係なく手足が小刻みに震えて、まるで体に力が入らない。全身の骨が溶け出してしまったのではないかと疑いたくなるくらいだ。

 一人、暗く湿った土の中に埋められたように、息をするのも苦しかった。そんな中で唯一の希望は、なぜか遠い昔に私を騙したある一人の綺麗で残酷な男だった。

 天才ハッカーになって全世界を震撼させるのだと息巻いていた彼は――実際、面接に行った先々でそんなことを嘯いていたらしい――どこでどう転がったのか、今、とあるバンドグループのボーカルとして活躍している。

 ところで、私は病院へ行くことを拒否していた。けれど、それは投げやりな気持ちからではなく、自力で生き残ってやろうという強い意志に由来する行動だった。

 その矢先だった。あろうことか、私は彼と再会してしまったのだ。

 そこは、どこまでも抽象的で、およそ描写できるものが何一つない空間だった。
彼は、最後に別れたときと変わらない、何も感じていないような笑みを浮かべていた。あきらめの中に希望を探し求めているような。

 おどろいたことに、彼もまた同じ病を患って余命宣告を受けている身だった。

 私も彼も一言も言葉を発しないうちから、互いに置かれている状況をすべて把握しているであろうことが感じられた。

 まもなくこの世界のルールから解放される私たちにとって、言葉はすでに過去のものだった。

 それなのに、彼は、

「ねえ、二人きりで、一緒に死んでくれる?」

 と、そんな意味のない言葉を口にした。その途端、二人には言葉が必要となった。

 陸に追いやられたアホロートルのようなものだ。水中ではエラ呼吸していられたのに、ひとたび陸に上がってしまったら肺を使わざるを得なくなる。

「私は生きるのよ」

 前へ進もうとする足を、伸ばそうとする手を、絡めとろうと迫ってくる甘い誘惑を、はっりとした発音でもって断ち切った。

 そうして、彼にも生き延びて欲しいと願った。

一緒に死ぬことを夢見るには、私たちはすでに歳を取りすぎていたから。