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理性的表現クライシス

これまでの理性的でルールに従順な表現を捨てて、より本能的なものに切り替えることで、既存の表現スタイルを壊して革命を起こそうという試みです。

卒業後の夢

夢日記(リメイク版)

 卒業後は作家になるつもりでいたので、周りの子たちのように、泣いたり吐いたりリスカしたり精神安定剤にすがったり開き直ったりしながら面接に奔走するようなことはしなかった。

 代わりに、公園や美術館に出掛けたり、星空を眺めながら夜の散歩をしたり、自己暗示トレーニングを詰んだり、電車の中で他人の会話をこっそり蒐集したりして、小説の神様が訪ねて来るのを辛抱強く待った。

変身願望

夢日記(リメイク版)

 写真のプリントの受付時間が終了して、いよいよ最後の制服を脱ぎ捨てるときがやってきた。

 家の中なのに、父と母、それに弟までもが紙状になってカーテンのように私を取り囲んだ。さあ、安心して着替えなさい、とでも言わんばかりに。

「外に厄介な奴らが待ち構えているんだ」と、父。

「すっかり騙されたみたいね」と、母。

「そんなことない!」

 半ば絶叫に近い形で説得を試みたけれど、無駄のようなのであきらめて最上階へ向かった。

 そこにはタバコを吸っている二人組の男性がいた。無性に話しかけたい欲求に駆られたけれど、それによって何かが台無しになることを怖れて、やはりあきらめた。

 私の人生、あきらめてばかりだ。

 そのフロアには他にも何人かいた。その中で、ひときわ明るい雰囲気を放つモデルの子に目がいった。その子は、どうやら古い知り合いと再会を果たした様子だった。

 興味を覚えて近づこうとしたら、靴底で何かを踏みつける感触がした。視線を落とすと写真がローファーの下敷きになっていた。

 拾い上げてみると、地味すぎて逆に印象的なくらい顔の薄い女の子が写っていた。

「ああ、それ、昔のあたし」

 さっきのモデルの子が、何でもないことのようにそう言った。

 そのとき、私の中に強烈な電気信号が走った。

 ――この子がこんなに変われるなら、私も変わりたい!

 これまでそんなことを考えたことがなかったのに、いったいどこからそんな願望が生まれたのだろうかと自分で自分の感情を疑った。

 ところで、何をしに来たのだっけ? 

 ……そうだ、制服を仕舞いに来たのだ。もう二度と袖を通すことはないだろうから。
部屋の隅に移動してクローゼットを開けたけれど、ここに仕舞ったら何もかもきっと忘れてしまうだろうと思ったら、思い切ることができず、結局、両腕に制服を抱えたまま元の階に引き返した。

卒業写真

夢日記(リメイク版)

 卒業式が始まる前にいったん教室に集まることになっていたので、私も自分のクラスに向かった。

 私の怖れに反して、昨夜あの化けものエビは戻ってこなかった。有名な怪談のメリーさんのように、電話をかけてくるようなことも。

 それでも、まだ完全に安心することはできなかったけれど。

 教室の中に入ると女子が集まって何やら騒いでいる。

「ねえ、ネイルしない?」

 こちらから話しかける前に、その中の一人からお誘いがかかった。

「いや、私は自然なままでいい」

 遠慮がちに、だけどはっきり断ると、それならばと黒一色でユリの紋章が印刷されたシールを手渡された。

「ありがとう」

 今度は素直に受け取って、両手の甲に一枚ずつ貼り付けた。

「はーい、そろそろ廊下に出ようか。男女別出席番号の早い順に前から二列で整列するんだぞ」

 緊張気味に入ってきた担任の声で、みんなが一斉に廊下に並び始めた。

 私も自分の位置についた。ところが、私の前と後ろの生徒が自分の番号を忘れてしまったらしく、「私が前だったよね? あれ、やっぱり逆かな?」と、くるくる入れ替わってばかりいた。

 彼女たちは、体育館に移動し始めてもまだ私の周囲を惑星のように回り続けていた。

 卒業式を終えて教室に戻ると、ちょうどクラス写真を撮り終えたところだった。それはないだろう、と内心泣きそうになりながらも、表面上は明るく取り繕って「もう一回撮ってよ」とカメラマンさんにすがった。

 それから、自分の席につこうとしたのだけれど、私のところだけ誰も座れないくらい狭くなっていた。

 どうしたものかと周囲を見回すと、みんな席順など無視してバラバラに座っていたので、私も特に仲良くもない子の隣に座った。それから、バレないように仲良しのふりをして、無事に記念撮影をやり過ごした。

 そこに去年の卒業生が乱入してきて大騒ぎになった。すぐに先生が先生が追い払ったのだけれど、その卒業生の彼女があとでこっそり連れ戻しているのを私は見た。

 やがて教室でのお別れ会もお開きとなり、私は真っ直ぐ帰宅した。

 自宅が今日撮影した写真のプリント会場になっていたので、両親と一緒に写真を仕分けする作業を手伝った。ポストから差し入れられた注文用紙を確認して、番号の写真を集めて再びポストから外に送り出す。

 ポストの隙間は細く、家の中は真っ暗なので、向こうから姿を見られることはない。

 そのことが私を安堵させた。

 写真をポストに差し込む前に、ちらりと内容を盗み見すると、それは単なる普通紙にモノクロで印刷されただけのものだった。

 

あとがき

は高校を中退しているので、卒業式には出ていません。たぶん、それでこんな夢を見たのでしょう。

逃げだすエビ

夢日記(リメイク版)

 最近、水槽でエビを飼い始めた。小さいのが数匹と、あと、こぶしほどもある真っ赤なのが一匹。ペットショップで買ってきたときは他のと同じくらいのサイズだったのに、いつのまにかこんなに肥大化してしまったのだ。

 いったい、何を食べているのだろうか?

 あるとき、夜中にふと何者かの気配を感じて目を覚ますと、何やら違和感を覚えた。……水槽の蓋が開いて、あの一番大きなエビが消失していたのである。それに何やら鉄くさい。

 得体の知れぬ薄気味悪さに耐えながら、息を殺して部屋中を見回した。五感に限界までダイブしたそのとき、かすかに衣擦れのような音が聞こえた気がした。

 相手に悟られぬよう、髪の毛一本まで神経を尖らせて、音がした方向へ首をひねる。
    次の瞬間、私は心臓を喉につまらせて気絶した。

 目を覚ますと朝だった。記憶が甦るとともに、例のぞっとした感じが戻ってきた。化けものエビはどうなったのかと水槽を振り返ると、そいつは澄ました顔をしてきちんと自分の家に収まっていた。

 すべては夢だったのだろうか? 

 少しの安堵と、湿気のように肌にまとわりつく薄気味悪さを感じながら、夢だったということで無理やり自分を納得させた。そして、なんにせよ、あのとき電気をつけずにおいたのは正解だったかもしれないと思った。

 ところが、次の夜、また同じことが起こった。

 やはり夢ではなかったのだ!

 だとすれば、化けものエビは今ごろまたアレを食べているはずだ。意識した途端、鼻先に昨夜と同じ血なまぐささを感じた。

 もうアレを見たくない。アレがいったなんなのか、はっきりさせたくない。

 そう思い、いったんは強引に目を閉じたものの、やはり気になって薄目を開けてその姿を探してしまった。そして見つけた途端、また意識を失った。

 夜が明けると、私は布団に入ったままからだを起こし、嫌悪感に苛まれながら水槽の中の化けものエビを見据えた。心なしか、また、ひと回り大きくなっているような気がする。

 そりゃあ、あんなものを食べていれば大きくもなるだろう。いったいどこで調達してくるのだろうか。そして、アレはなんの肉塊なのだろうか?

 ふと、嫌な疑問が脳裏を過ぎった。

 ――私は大丈夫なのだろうか? 

 つまり、自分はエサとして認識されることはないのだろうかと考え始めると、もはや冷静ではいられなくなってしまった。日ごとに成長スピードが加速していくヤツの背中を横目で凝視する。

 大きくなればなるほど、食事の量は増えるのが当然ではないだろうか?

 どうする? いっそ殺してしまいたいけれど、第六感が敵意を悟られるなと警告を発している。

 飼い主が寝静まったころに起き出して、朝には何事もなかったように水槽に戻るというヤツの行動からは、人間に近い知性を感じずにはいられない。

 そのとき、ふいにヤツがこちらを振り返った。はっきりと目が合った、と、なぜか確信を持ってそう思った。

「こいつ、気づいているんじゃないか?」

 そんなヤツの声が聞こえてくるようだった。

 私はなるべく自然に見えるように、緩慢な動きで視線を右サイドにある本棚へそらした。学校で使っていた辞典類が目に入る。

 あることを思いついて、私はその中から一番分厚い英和辞典を手に取った。

「これ、もう使わないよね。捨てようかな」

 さすがにヤツに人間の言葉が理解できるとは思えないけど、私はカモフラージュの用の台詞を口にしながら、水槽の横にあるゴミ箱に近づいていった。

 そして、手が届く範囲まで接近したところで、素早く水槽の蓋の上に辞典を乗せた。ヤツは特に動じることもなく、大きすぎる足で藻をひっかいている。

 いくら大きいとはいえ、ヤツの力で英和辞典を持ち上げることはできないだろう。そう思うと、恐怖心は少し和らいだ。

 ……ところが、その翌日もまた同じことが起こってしまった。気絶するところまでそっくり同じ流れだった。ひとつだけ違ったのは、目覚めてみると英和辞典が元の位置に戻っていたことくらいだ。

 一瞬、「やっぱり毎晩同じ夢を見ているだけなのだろうか?」とだまされかけたけれど、よく見ると英和辞典の収納ケースに小さな赤い点がいくつかぽつぽつとついていた。

「うわあああああ」

 絶叫しながらその場を飛び出し、驚いて説明を求めてくる母を突き飛ばし、ガムテープとゴミ袋を持って再び自分の部屋に戻った。そして、水槽の蓋をガムテープでめちゃくちゃに固めて、まるごとゴミ袋に詰め込み口をゴムできつく縛った。

 部屋が小さいということと、割れると危ないからと反対する母を納得させるために、一番小さい軽量型の水槽を購入しておいて助かった。これなら何とか持ち運べそうだ。

 私は息を切らせながら水槽を抱えて家を出た。

「ちょっと、何してんの? 水槽なんか持ってどうするの?」

「大きくなりすぎたから川まで逃がしに行ってくる」

 苦し紛れに答えて、半ば強引に玄関を突破した。水槽の重みで、すでに腕がしびれ始めていた。どこか埋めるところ……と考えてみたけれど、近場だと学校くらいしか思いつかなかった。

 もう、それしか手はない。

 幸い、園芸部が手入れしている花壇へと続く裏門が開いていたので、そこから中に潜り込んだ。ちょうど何も生えていない――だけど、もしかしたら何かの種が埋まっているかもしれない――花壇があったので、その前に水槽を下ろした。指の関節が伸びきっている気がする。

 何か土を掘り返すもの、と思って辺りを見回すと、近くに生えた木の根元に大きなハサミが落ちているのが見えた。

 それを拾ってきて、水槽が入るくらいの大きさに、土を大きく切り取った。ハサミの持ち手が汗ですべって上手く切れなくて、作業を終えるころには汗だくになっていた。

 いつのまにか陽が暮れ始めている。最後の力を振り絞るように、震える手でゴミ袋ごと水槽を持ち上げて穴の中に沈めた。そして、さっきくり貫いた土のキューブで蓋をして、急ぎ足で学校を後にした。

 何だって卒業式の前の日にこんなことを。そう自らの不運な境遇を嘆きながら、息を切らせて走った。後からヤツが追いかけてくるような気がして、走らずににはいられなかったのだ。

 

あとがき

 一時期、夢日記を小説風にリメイクして、脈絡を気にせずにつなぎあわせるという取り組みをしていました。「夢日記(リメイク版)」では、そのときに書き溜めた短い作品を連載していきます。

※2016/6/13 原案の順番どおりに掲載するために『夢心中』はいったん下書きに戻しました。

右目に龍神、背中に鱗

断片集

 置行燈から、四角い明りが滲んでいる。女はその隣に膝をつき、私に背を向けたまま、白い長襦袢を手に取った。両方の袖に腕を通したあと、掛け衿を引き上げて、上半分を鱗に侵された生白い背中を隠した。膝元には、折り目正しく畳まれた矢絣の着物が置かれていた。

 二人分の体温の移った布団の上でうつ伏せになりながら、私はぼんやりとその様子を眺めていた。

 酒屋での店番を終えて、家路についたところで、「何も云わずにあたしを一晩泊めてちょうだい」と泣きつかれたのだ。色白で切れ長の目が気に入って、深く考えもせずに連れ帰ってきた。同じ布団で眠ると云うので、軽い気持ちで抱き寄せてみたら、意外にも抵抗しなかったのでそのまま先を続けた。

「何も聞かないのね」

 腰紐を結び終えた女が、無表情に振り返った。交わっている間は、快楽を得ることに夢中で気づかなかったが、その目は爬虫類のように不気味な光を宿していた。それも、なぜか右目だけだった。

 左右の目の色が違う人間はいることは耳にしたことがあったけれど、この女の場合、色がどうというわけではなく、ただ、瞳の鋭さとでも云えばよいのか、そうした点に相違が見受けられるのだった。

「聞くって、何を」

 重く下がってくるまぶたを懸命に持ち上げながら聞き返す。

「背中の鱗よ」

 そう云うと、女は再び正面に向き直り、顔だけ微かにこちらへ向けて、袂から取り出した櫛で髪を梳きはじめた。

「ああ、それか」

 そこでいったん言葉を切って、私は女の背中の辺りに目を凝らした。綿紗のような薄い生地の向こうに、扇を幾重にも重ねたような模様が黒く透けている。
気にならないわけではなかった。

着物を肌けた背に、初めてそれを目にしたときは、どこの任侠の女かとたじろぎもした。女は、そんな私の気持ちを見抜いたのか、「入墨だと思った? これ、本物の鱗なのよ」と一言云ってこっちらに向き直ると、自ら私の帯を解き始めた。あとは食うや食われるやの攻防戦と化し、我に返るころには女の腹の上で果てていた。

 鱗が本物であるかどうかについては、まだ半信半疑だった。指先で触れれば、たしかに魚の皮ふのように若干のぬめりが感じられた。しかし、世の中にそんな馬鹿げたことがあってよいものだろうか。私は元来、化け物や妖といった類のものは信じない質である。

「初めてこれが現れたのは一月ほど前のこと。それ以来、毎日一枚ずつ増えてゆき、今ではここまでになってしまった」

 聞きもしないのに、女はひとりでに話し始めた。

 いい思いをさせてもらったのだ。与太話に付き合ってやるくらいのことはしてもよいだろう。そんな気持ちで、私はうつらうつらとしながらその声に耳を傾けた。

「何かきっかけはあったのかい」

「右目に龍神を宿してしまったの」

「ほう。それはまた、大そうな」

 女の機嫌を損ねぬよう、声の調子に注意しながら相槌を打つ。

「いいのよ、無理に信じるふりをしなくても。枕物語として、話半分に聞いておいてちょうだい」

「わかったよ。君は何もかもお見通しらしいね」

「神通力があれば、それくらいわけないわ。そうでなければ、夜道で一目見ただけのあなたと一夜を供にするなんてこと、できるわけないでしょう」

 単に向こう見ずなだけかもしれないじゃないか、という言葉が喉元まで出かかったが、口に出すのはやめておいた。

嘘を吐きためたノート

断片集

 並んでいる他の言葉よりも小さな文字で、死にたい、と書き込んでみたけれど、それはまるで行間に馴染まず、いつかのわたしのように浮いて見えた。消しゴムを使う気にもなれず、シャーペンで塗り潰そうとした。しかし、力を入れ過ぎたせいか、途中で芯が折れてしまった。

「ああ、ちくしょう!」

 言葉と舌打ちとで口を汚した。それが何に対するものなのかもわからないまま、わたしは怒りに憑りつかれていた。

 いっそのことページごと破り捨ててしまおうかとも考えたけれど、その一枚を失うことを受け入れることができなかった。意味のあることなどほとんど書かれていないのに、わたしはこのノートに執着している。あたかも、この中に、失われた時間の価値が詰め込まれているとでもいうように。

 書いていることは、ぜんぶ嘘だった。何度も本当の気持ちを書こうと試みたけれど、なぜかいつも書き終えてみると、そこにはわたしが思ってもいないことばかりが、インクの染みのような殴り書きで記されているばかりで。

 この際、窓を叩き割るのでも、料理の盛られた皿をひっくり返すのでもいい。とにかく今すぐ全身で叫びを表現しなければ、内圧に耐え切れなくなった身体が裂けて粉々になってしまいそうだ。

理性的表現クライシス

はじめに

 文章のルールを学んできて、それなりに正しい文が書けるようにはなったけれど、そのルールに沿っていないものは誤りであるという一部の世の中の風潮、あるいは自分自身からの束縛に最近わたしはうんざりしてきている。

 

 たとえば、「ですます調」と「である調」との統一について。

「である調」で書かれている文の場合、問いかけの言葉を入れようと思ったら、「〜だろうか?」という表現を用いるのが正しいということになるけれど、語調が強すぎて自分が伝えたいものとかけ離れてしまうこともある。

だから、もうすこしやわらかいニュアンスにしたいときは、「〜でしょうか?」という語尾を使いたいのに、「それはルール違反だ」という心の声に阻止されてしまうことが多いのだ。

 

 それから、漢字・ひらがな・カタカナ表記の統一ルールも厄介だと思う。

 やさしいひびきを伝えたいときはひらがなの方がイメージに合う。一方、教会の鐘の音みたいに厳かな響きを伝えるときは漢字の方がしっくりくる。それなのに、同じ文の中で統一しようと思ったら、どちらかのイメージを犠牲にしなくてはならなくなってしまう。

 それに、言葉の並び方によって変えたくなることもある。同じひらがなが続いて読みにくいときは漢字を使うことで回避したり、逆に漢字がつづいて固すぎるときは、ひらいてバランスを取ったりしたいと思う。

 

 で、何が言いたいのかというと、ルールはあくまでもひとつの指標であってかならずしも正しいわけではないということ。

 そもそも、太宰治や遠藤周作の作品だって、上で書いたようなルールは守られていないじゃないか! 誰だよ、ルールの重要性を説き始めたのは!?

 

 そんなわけで、わたしはもう世間的に正しいと言われる文章を書こうとするのはやめようと思う。
 何が美しいかのはわたしが決める。

 そんな大切なことを、今この瞬間まで忘れていた。