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理性的表現クライシス

これまでの理性的でルールに従順な表現を捨てて、より本能的なものに切り替えることで、既存の表現スタイルを壊して革命を起こそうという試みです。

次に書き始めるときのストレスを軽減する執筆の中断方法

創作日記

 これまでに「小説の書き方」といった類の本を何冊か手にしたことがあるが、その中でひとつの作品を継続的に書き続けることに役立っているのは、”区切りのいいところではなく中途半端なところでやめておく”という方法だ。

 区切りのいいところでやめてしまうと次に書き始めるときに悩むことになるので、中途半端にしておいた方が軽い気持ちで取りかかれるらしい。

 半信半疑で試してみると、本当に続きを再開するときのお尻が軽くなった。

 コツは”頭の中ですでに出来上がっている文章の途中でやめること”。こうしておけば、「頭の中にあるこのアイディアを早く書き留めてしまいたい」という欲求も手伝って、スムーズに書き始めることができるのだ。

 私としては技術書的なものはそこまで必要性を感じないのだけれど、こういう「書き続けるための技術」とか「創作における姿勢」とかいった類のことは知れば知るほどためになるなと感じている。

 これからも自分に合った方法や考え方を集めながら、独自の小説観を築いていこうと思う。

葬儀と慣れ

夢日記(リメイク版)

 それから何年後かの夏。私は勤め先のビルの百階からエレベーターに乗り込んだ。この機械は少し変わっていて、中にシートベルト付の座席が並んでいる。そして、ジェットコースター並みの勢いで急降下するのだ。

 こんなに飛ばして事故でも起こったら……。そう思うと不安で仕方なくて、毎回決死の思いで乗っている。
 その日、エレベーターは一階を突き抜けて、地下フロアへと私たち乗客を招いた。このビルは一階までのはずなのに。
 混乱しながらエレベーターを降りると、そこは葬儀会場だった。そこで始めて夏休み中に仲間が亡くなっていたことを知った。

 私たちは中学校で出会い、大学で再開し、そして奇跡的に転職先で二度目の再会を果たした。

 そんな特別な人が亡くなったというのに、周りの社員が泣き崩れる中、私だけは慣れた調子で葬列に参加していた。というのも、私はなんだか上から自分たちを見下ろしているような気分で、まるで現実感がなかったからだ。

 もしかしたら、私自身もすでに亡くなっているのかもしれない。そうでなければ、こんなに平静でいられるはずがない。

小説の赤ペン先生/入賞前祝い/カステラ一本食い

夢日記(リメイク版)

 さっそく書き上げた小説を印字して、一番発表時期の早い新人賞の応募会場に持ち込んだ。 

 すでに長蛇の列ができていたので、大人しく最後尾に加わる。この新人賞はその場で選考委員が添削してくれる仕組みになっているらしい。まるで赤ペン先生だ。

 待っている時間を少しでも小説の肥やしにしようと、列になっている人間たちの顔や服装、仕草、会場の様子なんかを観察しているうちに、ようやく自分の順番が回ってきた。

 返ってきた答案用紙は、何か所か些細なミスによる減点がなされていたものの82点というまずまずな点数だった。この分なら入賞できるだろうと確信して会場を後にした。
 あとは発表当日を待つばかり。

 その週末、少し気が早いけれど、入賞祝いに高校時代の友だちがバーベキューパーティーを開いてくれることになった。

 当日、会場となっている我が家の庭で準備をしていたら、チャッカマンから火花が散っているのを発見した。慌てて洗面所に持って行き、蛇口から直接水をかけた。
 ところが、チャッカマンは異常なほど発熱していて、水ごときでは冷める様子がない。今にも爆発しそうだった。

 はやくなんとかしなくてはまずい。そうだ、電池を抜いてしまえばいいのでは?

 思いついて、焦りでもつれる指で電池を引っこ抜いた。しかし、それでも火花は収まらなかった。

 最悪の時代を予測してあたふたしていると、母親がやって来て助けてくれた。どうやってあのチャッカマンの怒りを静めたのかは不明だけれど、それでようやく事態は沈着した。
 そこへちょうど弟が帰ってきた。

「カステラ買ってきたよ」

 私は正直、食べたくない気分だったけれど、要らないとは言いづらくて、「ありがとう。少しだけいただくね」と受け取った。

 そうしてほんの一口かじろうとしたはずなのに、気づいたら一瞬で丸ごとぜんぶ平らげてしまっていた。

 弟は呆れた顔をしていた。私はなぜ自分がそんな失態を犯してしまったのかわからなくて怖ろしかった。

 後日、私はお詫びに新しいカステラを駅前の和菓子屋さんまで買いに行ってきた。

 ちなみに、チャッカマン事件のせいで当月分の水道代のが高額になってしまったため、私が二千五百円を賄うことになった。

正しい社内コミュニケーション〔桜井係長はドM〕

断片集

 桜井係長の正面に腰かけて、わたしは二杯目のコーヒーを飲んでいた。彼の分を淹れるついでに、自分のも新しく作り直したのだ。

「……暇なのか?」

 腕時計を確認しながら、桜井係長が訊ねた。

「言わずもがな、です」

 経理課で補助的な仕事を担当しているわたしは、仕事量が少なすぎて、どんなに時間をかけても午後三時には全業務を終えてしまうのだ。どうやらうちの社長が相当な見栄っ張りらしく、社内にはわたしのようなお飾り社員が何人も存在していた。

 入社したてのころは他の人たちのように表面上は仕事をしているように取り繕っていたけれど、一カ月もするとめんどくさくなってきて、最近は堂々と社内をうろついては暇つぶし相手を探していた。

「いいなー」

「桜井係長は忙しんですか?」

「……まったくだな」

「なんだそれ」

「お、いいね、その冷めた表情」

 本気なのか冗談なのか、桜井係長はそんなことを言う。そして、ちょっとそわそわしながらわたしがマグカップに口をつけているうちに、

「最近パンチの効いた笑いを取れるやつがおらんくてさびしいなあ」

 ともう次の話題に移ってしまった。たぶん、さっきのはどうでもいい会話だったのだろう。どうでもいいと言えば、わたしたちの交わすやり取りのすべてがどうでもいいような気がするけれど。

「たとえば、どんな感じですか?」

「んー……俺が階段を下りてるとするだろ? そこをこう、背後から足音を立てずに迫ってきて……」

「突き落すんですね。まかせて下さい!」

 ひらめいたオチの完成度の高さに興奮して思わず大声でそう叫ぶと、桜井係長はビクッと体を後ろにそらして「ちょ、ちょっと本気で怖いぞ」と、もともと小声なのにいっそう声の音量を落としてつぶやいた。

 大抵のことを「おもいしろい」の一言で受け入れてしまう桜井係長の、本気で引いた顔を目にしたのはそれが初めてだった。

正しい社内コミュニケーション〔水出しコーヒーはいかが?〕

断片集

 給湯室でカウンター背中を預けてにコーヒーを飲んでいると、正面にある扉のくもりガラスに細長い影が映った。ドアノブが回って、空いた隙間から姿を現わしたのは、いつ見ても血色の悪い桜井係長だった。

「あー、篠目さん。俺もコーヒー欲しい」

 今にも死にそうな顔で一言そう言うと、部屋の中央にあるテーブルセットに倒れこむように腰かける。

「お湯なくなっちゃったんで水出しでいいですか?」

 ちょうどわたしが入れた分でポットのお湯が切れてしまっていた。コーヒーを飲み終えたら沸かそうと思っていたのに、なんてタイミングの悪い人だろう。

「えっ、それ水出しできんの?」

「特にそういう仕様になっているわけじゃないですよ」

 ポットのフタを開けて、中に水を注ぎながら、内心「その質問を待ってました」と思いながら答えを返した。

「えっ」

 予想外の反応だったらしく、頭の切れる桜井係長にしては珍しく、そのまま黙りこんでしまった。

「やってみたらいけるかなって」

「ワイルドだな」

「やってみます?」

「いや、遠慮しとく」

 えー、と全力で不満をアピールしながら、わたしはしぶしぶポットの水を補給しにかかった。

月になった恋人

断片集

  近くの公園に半分を鉄板に覆われた球状の電灯がある。それは見る角度によって月のように満ち欠けする。

  それと同じように、人間の頭も髪型によっては月に見えなくもないはずだ。

  だからーー

  と、天井から吊るした透明のモビール糸に頭部だけをぶら下げた状態で、あくまでも彼は「自分は月なんだ」と言い張った。

  三日前に彼が突然、この姿を取るようになってから、私は泣いたり怒ったり諭そうとしたり、ありとあらゆる方法で元に戻そうと試みたけれど、どうやら彼は完全に自分のことを月だと思い込んでいるらしく、すべてが徒労に終わってしまった。

  もうこんな人とは別れてやる!

  とは思ったものの、彼の誤りを正してあげられるのは私しかいないと思うと、無慈悲に捨て置くことなんてできそうになかった。

  それからさらに三日間、彼を説得する日々が続いた。

  そして、今日もまた新しい作戦を立てて彼の自宅アパートへと向かった。

  部屋につくと、やはり彼はまだ月のままだった。

「ご飯持ってきたよ。今日はあなたの好きなチーズ入りオムライス」

「いらないって言ってるだろ。内臓がないのに食べても無駄だ」

「だったら、身体をつなげればいいじゃない」

  部屋の隅に無造作に捨て置かれた彼の胴体を視界の端で捉えながら、私は言った。

「なあ、俺たち別れようか」

  思いもよらなかった言葉に、一瞬、頭の中が真っ白に飛んだ。次いで、足下の地面が瓦解していくような、懐かしい感覚が私の全身を駆けめぐった。

「別れるって、どうして……」

  私は彼の頭部の、ギリギリ手の届く顎のあたりに指先で触れた。彼は不快そうに頭を跳ねさせて、私の指から逃れようとした。そのときに生まれたエネルギーは当然すぐには収まらず、彼は振り子のように左右に激しく揺れはじめた。

  その動きがあまりに不気味で、私はここ数日間彼に見せないようにしてきた恐怖心を抑えきれなくなってしまった。

  我慢できずに後退る私を、彼は揺れたままの状態で器用に目玉だけを動かして冷徹に見据えた。

「君のその、自分がすべて正しくて、いつかそれを俺にわからせるのが自分の使命だと思い込んでいるようなところが、前から大嫌いだったんだ」

  動悸と吐き気で今にもうずくまりそうになっていた私は、それを聞いて、彼が突然月の真似事をはじめた意味を理解した。

 

あとがき

  意味なんてないんだ。あるのは崩壊した物語だけ。

  さっき、近所の駐車場のまえを通りかかったときに、そこにある電灯が角度によって満ち欠けすることに気づきました。

  そこから広がったイメージを、たったいま書き留めたそれがこの断片です。

夢心中

夢日記(リメイク版)

 今だってまだ十分若者に分類される年齢だけど、それよりさらに若いころ、不治の病に侵されて悲劇の最期を遂げる自分をよく妄想していた。

 妄想している分にはなんだか気分が良かったけれど、実際にそれが現実化した今となっては、恐怖や不安しか感じられない。病とは関係なく手足が小刻みに震えて、まるで体に力が入らない。全身の骨が溶け出してしまったのではないかと疑いたくなるくらいだ。

 一人、暗く湿った土の中に埋められたように、息をするのも苦しかった。そんな中で唯一の希望は、なぜか遠い昔に私を騙したある一人の綺麗で残酷な男だった。

 天才ハッカーになって全世界を震撼させるのだと息巻いていた彼は――実際、面接に行った先々でそんなことを嘯いていたらしい――どこでどう転がったのか、今、とあるバンドグループのボーカルとして活躍している。

 ところで、私は病院へ行くことを拒否していた。けれど、それは投げやりな気持ちからではなく、自力で生き残ってやろうという強い意志に由来する行動だった。

 その矢先だった。あろうことか、私は彼と再会してしまったのだ。

 そこは、どこまでも抽象的で、およそ描写できるものが何一つない空間だった。
彼は、最後に別れたときと変わらない、何も感じていないような笑みを浮かべていた。あきらめの中に希望を探し求めているような。

 おどろいたことに、彼もまた同じ病を患って余命宣告を受けている身だった。

 私も彼も一言も言葉を発しないうちから、互いに置かれている状況をすべて把握しているであろうことが感じられた。

 まもなくこの世界のルールから解放される私たちにとって、言葉はすでに過去のものだった。

 それなのに、彼は、

「ねえ、二人きりで、一緒に死んでくれる?」

 と、そんな意味のない言葉を口にした。その途端、二人には言葉が必要となった。

 陸に追いやられたアホロートルのようなものだ。水中ではエラ呼吸していられたのに、ひとたび陸に上がってしまったら肺を使わざるを得なくなる。

「私は生きるのよ」

 前へ進もうとする足を、伸ばそうとする手を、絡めとろうと迫ってくる甘い誘惑を、はっりとした発音でもって断ち切った。

 そうして、彼にも生き延びて欲しいと願った。

一緒に死ぬことを夢見るには、私たちはすでに歳を取りすぎていたから。