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理性的表現クライシス

これまでの理性的でルールに従順な表現を捨てて、より本能的なものに切り替えることで、既存の表現スタイルを壊して革命を起こそうという試みです。

葬儀と慣れ

夢日記(リメイク版)

 それから何年後かの夏。私は勤め先のビルの百階からエレベーターに乗り込んだ。この機械は少し変わっていて、中にシートベルト付の座席が並んでいる。そして、ジェットコースター並みの勢いで急降下するのだ。

 こんなに飛ばして事故でも起こったら……。そう思うと不安で仕方なくて、毎回決死の思いで乗っている。
 その日、エレベーターは一階を突き抜けて、地下フロアへと私たち乗客を招いた。このビルは一階までのはずなのに。
 混乱しながらエレベーターを降りると、そこは葬儀会場だった。そこで始めて夏休み中に仲間が亡くなっていたことを知った。

 私たちは中学校で出会い、大学で再開し、そして奇跡的に転職先で二度目の再会を果たした。

 そんな特別な人が亡くなったというのに、周りの社員が泣き崩れる中、私だけは慣れた調子で葬列に参加していた。というのも、私はなんだか上から自分たちを見下ろしているような気分で、まるで現実感がなかったからだ。

 もしかしたら、私自身もすでに亡くなっているのかもしれない。そうでなければ、こんなに平静でいられるはずがない。

小説の赤ペン先生/入賞前祝い/カステラ一本食い

夢日記(リメイク版)

 さっそく書き上げた小説を印字して、一番発表時期の早い新人賞の応募会場に持ち込んだ。 

 すでに長蛇の列ができていたので、大人しく最後尾に加わる。この新人賞はその場で選考委員が添削してくれる仕組みになっているらしい。まるで赤ペン先生だ。

 待っている時間を少しでも小説の肥やしにしようと、列になっている人間たちの顔や服装、仕草、会場の様子なんかを観察しているうちに、ようやく自分の順番が回ってきた。

 返ってきた答案用紙は、何か所か些細なミスによる減点がなされていたものの82点というまずまずな点数だった。この分なら入賞できるだろうと確信して会場を後にした。
 あとは発表当日を待つばかり。

 その週末、少し気が早いけれど、入賞祝いに高校時代の友だちがバーベキューパーティーを開いてくれることになった。

 当日、会場となっている我が家の庭で準備をしていたら、チャッカマンから火花が散っているのを発見した。慌てて洗面所に持って行き、蛇口から直接水をかけた。
 ところが、チャッカマンは異常なほど発熱していて、水ごときでは冷める様子がない。今にも爆発しそうだった。

 はやくなんとかしなくてはまずい。そうだ、電池を抜いてしまえばいいのでは?

 思いついて、焦りでもつれる指で電池を引っこ抜いた。しかし、それでも火花は収まらなかった。

 最悪の時代を予測してあたふたしていると、母親がやって来て助けてくれた。どうやってあのチャッカマンの怒りを静めたのかは不明だけれど、それでようやく事態は沈着した。
 そこへちょうど弟が帰ってきた。

「カステラ買ってきたよ」

 私は正直、食べたくない気分だったけれど、要らないとは言いづらくて、「ありがとう。少しだけいただくね」と受け取った。

 そうしてほんの一口かじろうとしたはずなのに、気づいたら一瞬で丸ごとぜんぶ平らげてしまっていた。

 弟は呆れた顔をしていた。私はなぜ自分がそんな失態を犯してしまったのかわからなくて怖ろしかった。

 後日、私はお詫びに新しいカステラを駅前の和菓子屋さんまで買いに行ってきた。

 ちなみに、チャッカマン事件のせいで当月分の水道代のが高額になってしまったため、私が二千五百円を賄うことになった。

夢心中

夢日記(リメイク版)

 今だってまだ十分若者に分類される年齢だけど、それよりさらに若いころ、不治の病に侵されて悲劇の最期を遂げる自分をよく妄想していた。

 妄想している分にはなんだか気分が良かったけれど、実際にそれが現実化した今となっては、恐怖や不安しか感じられない。病とは関係なく手足が小刻みに震えて、まるで体に力が入らない。全身の骨が溶け出してしまったのではないかと疑いたくなるくらいだ。

 一人、暗く湿った土の中に埋められたように、息をするのも苦しかった。そんな中で唯一の希望は、なぜか遠い昔に私を騙したある一人の綺麗で残酷な男だった。

 天才ハッカーになって全世界を震撼させるのだと息巻いていた彼は――実際、面接に行った先々でそんなことを嘯いていたらしい――どこでどう転がったのか、今、とあるバンドグループのボーカルとして活躍している。

 ところで、私は病院へ行くことを拒否していた。けれど、それは投げやりな気持ちからではなく、自力で生き残ってやろうという強い意志に由来する行動だった。

 その矢先だった。あろうことか、私は彼と再会してしまったのだ。

 そこは、どこまでも抽象的で、およそ描写できるものが何一つない空間だった。
彼は、最後に別れたときと変わらない、何も感じていないような笑みを浮かべていた。あきらめの中に希望を探し求めているような。

 おどろいたことに、彼もまた同じ病を患って余命宣告を受けている身だった。

 私も彼も一言も言葉を発しないうちから、互いに置かれている状況をすべて把握しているであろうことが感じられた。

 まもなくこの世界のルールから解放される私たちにとって、言葉はすでに過去のものだった。

 それなのに、彼は、

「ねえ、二人きりで、一緒に死んでくれる?」

 と、そんな意味のない言葉を口にした。その途端、二人には言葉が必要となった。

 陸に追いやられたアホロートルのようなものだ。水中ではエラ呼吸していられたのに、ひとたび陸に上がってしまったら肺を使わざるを得なくなる。

「私は生きるのよ」

 前へ進もうとする足を、伸ばそうとする手を、絡めとろうと迫ってくる甘い誘惑を、はっりとした発音でもって断ち切った。

 そうして、彼にも生き延びて欲しいと願った。

一緒に死ぬことを夢見るには、私たちはすでに歳を取りすぎていたから。

卒業後の夢

夢日記(リメイク版)

 卒業後は作家になるつもりでいたので、周りの子たちのように、泣いたり吐いたりリスカしたり精神安定剤にすがったり開き直ったりしながら面接に奔走するようなことはしなかった。

 代わりに、公園や美術館に出掛けたり、星空を眺めながら夜の散歩をしたり、自己暗示トレーニングを詰んだり、電車の中で他人の会話をこっそり蒐集したりして、小説の神様が訪ねて来るのを辛抱強く待った。

変身願望

夢日記(リメイク版)

 写真のプリントの受付時間が終了して、いよいよ最後の制服を脱ぎ捨てるときがやってきた。

 家の中なのに、父と母、それに弟までもが紙状になってカーテンのように私を取り囲んだ。さあ、安心して着替えなさい、とでも言わんばかりに。

「外に厄介な奴らが待ち構えているんだ」と、父。

「すっかり騙されたみたいね」と、母。

「そんなことない!」

 半ば絶叫に近い形で説得を試みたけれど、無駄のようなのであきらめて最上階へ向かった。

 そこにはタバコを吸っている二人組の男性がいた。無性に話しかけたい欲求に駆られたけれど、それによって何かが台無しになることを怖れて、やはりあきらめた。

 私の人生、あきらめてばかりだ。

 そのフロアには他にも何人かいた。その中で、ひときわ明るい雰囲気を放つモデルの子に目がいった。その子は、どうやら古い知り合いと再会を果たした様子だった。

 興味を覚えて近づこうとしたら、靴底で何かを踏みつける感触がした。視線を落とすと写真がローファーの下敷きになっていた。

 拾い上げてみると、地味すぎて逆に印象的なくらい顔の薄い女の子が写っていた。

「ああ、それ、昔のあたし」

 さっきのモデルの子が、何でもないことのようにそう言った。

 そのとき、私の中に強烈な電気信号が走った。

 ――この子がこんなに変われるなら、私も変わりたい!

 これまでそんなことを考えたことがなかったのに、いったいどこからそんな願望が生まれたのだろうかと自分で自分の感情を疑った。

 ところで、何をしに来たのだっけ? 

 ……そうだ、制服を仕舞いに来たのだ。もう二度と袖を通すことはないだろうから。
部屋の隅に移動してクローゼットを開けたけれど、ここに仕舞ったら何もかもきっと忘れてしまうだろうと思ったら、思い切ることができず、結局、両腕に制服を抱えたまま元の階に引き返した。

卒業写真

夢日記(リメイク版)

 卒業式が始まる前にいったん教室に集まることになっていたので、私も自分のクラスに向かった。

 私の怖れに反して、昨夜あの化けものエビは戻ってこなかった。有名な怪談のメリーさんのように、電話をかけてくるようなことも。

 それでも、まだ完全に安心することはできなかったけれど。

 教室の中に入ると女子が集まって何やら騒いでいる。

「ねえ、ネイルしない?」

 こちらから話しかける前に、その中の一人からお誘いがかかった。

「いや、私は自然なままでいい」

 遠慮がちに、だけどはっきり断ると、それならばと黒一色でユリの紋章が印刷されたシールを手渡された。

「ありがとう」

 今度は素直に受け取って、両手の甲に一枚ずつ貼り付けた。

「はーい、そろそろ廊下に出ようか。男女別出席番号の早い順に前から二列で整列するんだぞ」

 緊張気味に入ってきた担任の声で、みんなが一斉に廊下に並び始めた。

 私も自分の位置についた。ところが、私の前と後ろの生徒が自分の番号を忘れてしまったらしく、「私が前だったよね? あれ、やっぱり逆かな?」と、くるくる入れ替わってばかりいた。

 彼女たちは、体育館に移動し始めてもまだ私の周囲を惑星のように回り続けていた。

 卒業式を終えて教室に戻ると、ちょうどクラス写真を撮り終えたところだった。それはないだろう、と内心泣きそうになりながらも、表面上は明るく取り繕って「もう一回撮ってよ」とカメラマンさんにすがった。

 それから、自分の席につこうとしたのだけれど、私のところだけ誰も座れないくらい狭くなっていた。

 どうしたものかと周囲を見回すと、みんな席順など無視してバラバラに座っていたので、私も特に仲良くもない子の隣に座った。それから、バレないように仲良しのふりをして、無事に記念撮影をやり過ごした。

 そこに去年の卒業生が乱入してきて大騒ぎになった。すぐに先生が先生が追い払ったのだけれど、その卒業生の彼女があとでこっそり連れ戻しているのを私は見た。

 やがて教室でのお別れ会もお開きとなり、私は真っ直ぐ帰宅した。

 自宅が今日撮影した写真のプリント会場になっていたので、両親と一緒に写真を仕分けする作業を手伝った。ポストから差し入れられた注文用紙を確認して、番号の写真を集めて再びポストから外に送り出す。

 ポストの隙間は細く、家の中は真っ暗なので、向こうから姿を見られることはない。

 そのことが私を安堵させた。

 写真をポストに差し込む前に、ちらりと内容を盗み見すると、それは単なる普通紙にモノクロで印刷されただけのものだった。

 

あとがき

は高校を中退しているので、卒業式には出ていません。たぶん、それでこんな夢を見たのでしょう。

逃げだすエビ

夢日記(リメイク版)

 最近、水槽でエビを飼い始めた。小さいのが数匹と、あと、こぶしほどもある真っ赤なのが一匹。ペットショップで買ってきたときは他のと同じくらいのサイズだったのに、いつのまにかこんなに肥大化してしまったのだ。

 いったい、何を食べているのだろうか?

 あるとき、夜中にふと何者かの気配を感じて目を覚ますと、何やら違和感を覚えた。……水槽の蓋が開いて、あの一番大きなエビが消失していたのである。それに何やら鉄くさい。

 得体の知れぬ薄気味悪さに耐えながら、息を殺して部屋中を見回した。五感に限界までダイブしたそのとき、かすかに衣擦れのような音が聞こえた気がした。

 相手に悟られぬよう、髪の毛一本まで神経を尖らせて、音がした方向へ首をひねる。
    次の瞬間、私は心臓を喉につまらせて気絶した。

 目を覚ますと朝だった。記憶が甦るとともに、例のぞっとした感じが戻ってきた。化けものエビはどうなったのかと水槽を振り返ると、そいつは澄ました顔をしてきちんと自分の家に収まっていた。

 すべては夢だったのだろうか? 

 少しの安堵と、湿気のように肌にまとわりつく薄気味悪さを感じながら、夢だったということで無理やり自分を納得させた。そして、なんにせよ、あのとき電気をつけずにおいたのは正解だったかもしれないと思った。

 ところが、次の夜、また同じことが起こった。

 やはり夢ではなかったのだ!

 だとすれば、化けものエビは今ごろまたアレを食べているはずだ。意識した途端、鼻先に昨夜と同じ血なまぐささを感じた。

 もうアレを見たくない。アレがいったなんなのか、はっきりさせたくない。

 そう思い、いったんは強引に目を閉じたものの、やはり気になって薄目を開けてその姿を探してしまった。そして見つけた途端、また意識を失った。

 夜が明けると、私は布団に入ったままからだを起こし、嫌悪感に苛まれながら水槽の中の化けものエビを見据えた。心なしか、また、ひと回り大きくなっているような気がする。

 そりゃあ、あんなものを食べていれば大きくもなるだろう。いったいどこで調達してくるのだろうか。そして、アレはなんの肉塊なのだろうか?

 ふと、嫌な疑問が脳裏を過ぎった。

 ――私は大丈夫なのだろうか? 

 つまり、自分はエサとして認識されることはないのだろうかと考え始めると、もはや冷静ではいられなくなってしまった。日ごとに成長スピードが加速していくヤツの背中を横目で凝視する。

 大きくなればなるほど、食事の量は増えるのが当然ではないだろうか?

 どうする? いっそ殺してしまいたいけれど、第六感が敵意を悟られるなと警告を発している。

 飼い主が寝静まったころに起き出して、朝には何事もなかったように水槽に戻るというヤツの行動からは、人間に近い知性を感じずにはいられない。

 そのとき、ふいにヤツがこちらを振り返った。はっきりと目が合った、と、なぜか確信を持ってそう思った。

「こいつ、気づいているんじゃないか?」

 そんなヤツの声が聞こえてくるようだった。

 私はなるべく自然に見えるように、緩慢な動きで視線を右サイドにある本棚へそらした。学校で使っていた辞典類が目に入る。

 あることを思いついて、私はその中から一番分厚い英和辞典を手に取った。

「これ、もう使わないよね。捨てようかな」

 さすがにヤツに人間の言葉が理解できるとは思えないけど、私はカモフラージュの用の台詞を口にしながら、水槽の横にあるゴミ箱に近づいていった。

 そして、手が届く範囲まで接近したところで、素早く水槽の蓋の上に辞典を乗せた。ヤツは特に動じることもなく、大きすぎる足で藻をひっかいている。

 いくら大きいとはいえ、ヤツの力で英和辞典を持ち上げることはできないだろう。そう思うと、恐怖心は少し和らいだ。

 ……ところが、その翌日もまた同じことが起こってしまった。気絶するところまでそっくり同じ流れだった。ひとつだけ違ったのは、目覚めてみると英和辞典が元の位置に戻っていたことくらいだ。

 一瞬、「やっぱり毎晩同じ夢を見ているだけなのだろうか?」とだまされかけたけれど、よく見ると英和辞典の収納ケースに小さな赤い点がいくつかぽつぽつとついていた。

「うわあああああ」

 絶叫しながらその場を飛び出し、驚いて説明を求めてくる母を突き飛ばし、ガムテープとゴミ袋を持って再び自分の部屋に戻った。そして、水槽の蓋をガムテープでめちゃくちゃに固めて、まるごとゴミ袋に詰め込み口をゴムできつく縛った。

 部屋が小さいということと、割れると危ないからと反対する母を納得させるために、一番小さい軽量型の水槽を購入しておいて助かった。これなら何とか持ち運べそうだ。

 私は息を切らせながら水槽を抱えて家を出た。

「ちょっと、何してんの? 水槽なんか持ってどうするの?」

「大きくなりすぎたから川まで逃がしに行ってくる」

 苦し紛れに答えて、半ば強引に玄関を突破した。水槽の重みで、すでに腕がしびれ始めていた。どこか埋めるところ……と考えてみたけれど、近場だと学校くらいしか思いつかなかった。

 もう、それしか手はない。

 幸い、園芸部が手入れしている花壇へと続く裏門が開いていたので、そこから中に潜り込んだ。ちょうど何も生えていない――だけど、もしかしたら何かの種が埋まっているかもしれない――花壇があったので、その前に水槽を下ろした。指の関節が伸びきっている気がする。

 何か土を掘り返すもの、と思って辺りを見回すと、近くに生えた木の根元に大きなハサミが落ちているのが見えた。

 それを拾ってきて、水槽が入るくらいの大きさに、土を大きく切り取った。ハサミの持ち手が汗ですべって上手く切れなくて、作業を終えるころには汗だくになっていた。

 いつのまにか陽が暮れ始めている。最後の力を振り絞るように、震える手でゴミ袋ごと水槽を持ち上げて穴の中に沈めた。そして、さっきくり貫いた土のキューブで蓋をして、急ぎ足で学校を後にした。

 何だって卒業式の前の日にこんなことを。そう自らの不運な境遇を嘆きながら、息を切らせて走った。後からヤツが追いかけてくるような気がして、走らずににはいられなかったのだ。

 

あとがき

 一時期、夢日記を小説風にリメイクして、脈絡を気にせずにつなぎあわせるという取り組みをしていました。「夢日記(リメイク版)」では、そのときに書き溜めた短い作品を連載していきます。

※2016/6/13 原案の順番どおりに掲載するために『夢心中』はいったん下書きに戻しました。